● 場 所 KKRホテル金沢(石川県金沢市) ● 参加者 46名 講師:㈱加賀屋 代表取締役社長 小田(おだ)與之彦(よしひこ)様(塾員) 全国通信三田会2015年春期幹事会での記念講演は、㈱加賀屋の代表取締役社長・小田與之彦様にご講演を頂いた。小田氏は1968年石川県生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業後、4年間丸紅㈱に勤務、その後、アメリカのシェラトンホテルでの勤務を経てコーネル大学大学院ホテル経営学部へ入学。ホテルマネージメントを学び、1999年㈱加賀屋へ入社した。2007年より同社取締役副社長に就任し、2008年には(公社)日本青年会議所全国会頭を務められた。 また、㈱加賀屋は、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選で、35年連続総合1位」の評価を取り続けている。石川県の老舗旅館、加賀屋の経営者として、その「おもてなし」や「心遣い」など、その真髄の一端を拝聴させて頂きました。 最初は、お配りしたレジュメと少し離れたお話しになります。私は1991年の慶應卒業なので25年目になり、卒業式に招待されるということで、一週間前に三田キャンパスでのキックオフに参加しました。そこで通信三田会の方の会合を見受け、次の週での話を思い浮かべ、少し緊張しました。 それでは北陸新幹線開業に関連したお話しに移ります。石川県金沢市は加賀百万石と呼ばれているように、江戸時代末期は、東京、大阪、京都、名古屋に続く、大きな都市で豊かな町でした。その後、地方都市になりましたが、戦火を免れました。本来、加賀藩は外様大名、幕府に反対すると、取り潰しになる。そこで、伝統工芸・芸能に力を注ぎ、それらを盛んにして栄えました。それらが現在に引き継がれ、加賀友禅、九谷焼、輪島塗、水引、象嵌、茶道などが根付き、2009年には創造都市金沢としてユネスコに認定されました。加賀料理や治部煮も評価を頂いています。最近はお寿司に人気があります。こんな金沢ですが、新幹線開業前は、あまり注目されずに、相手にもされませんでした。例えば、北陸の天気予報は少なく、ゴルフ場の会員権も注目されません。この地方は1/100経済とも呼ばれ、人口が日本の1/100、生産高も1/100、オレオレ詐欺の被害金額も1/100だったようです。 北陸新幹線の夢は、東海道新幹線に対する日本海側の新幹線として、50年前からの念願でした。それが東北新幹線や九州新幹線に先を越されました。今年3月にようやく開業することができました。いかにしてお客様に北陸へ来て頂くか、一昨年から活動をしてまいりましたが、昨年の秋頃から手応えを感じ始めました。金沢と能登と富山の北陸トライアングルが、旅行の行き先として、注目を集めました。新幹線開業後、最初の1ケ月で78万人が乗車、1日平均約2万5千人、1年前の在来特急に比べ、約3倍に増えました。乗車率は、「かがやき」が52%、「はくたか」が40%であったという。兼六園では、1日の入園者が9千4百人から1万5千人、約1.5倍に増えた。金沢城公園は、1日当り、約9千人から約2万人になった。お土産の和菓子、金沢は15年以上、購入額が連続で日本一、和菓子は茶道で栄えました。噂話ではありますが、和菓子を提供されているお店では400%の売上だという。来年以降を考えると恐ろしい足元の数字です。金沢は近くなったが、これが永久に続く訳ではない。多くのお客様にご購入を頂き、注目され続け、今を喜んでもらうことが大切だと感じています。将来に向けて、今を取り組むことが私達の毎日です。このことは後半にもお話をさせて頂きます。 皆様は金沢にお越し頂きましたが、私は能登から来ましたので、ここで少し能登のPRをさせて下さい。お陰様で、能登も多くのお客様にお越し頂き、昨年は80万人のお客様、バブル期は167万人の数字もありました。その後、旅館数は減少しましたが、今年4月単月で117%、売上が約2割増になり、特に関東のお客様が増えました。NHKで朝の連続テレビ小説「まれ」の効果が大きかった。「まれ」のロケ地に選ばれたのは、4年前に能登半島と佐渡島が世界農業遺産に認定されたことによる。土地の利用、農作業の手法、生活様式、文化、景観を守りつつも生物多様性への配慮など、このような趣旨が広く認められたものと思う。その後、静岡県と九州の阿蘇や国東半島なども世界農業遺産に認定された。能登半島は地形的に最果ての地、何もないが、良い意味で日本の伝統的なモノが残っている。京都から北陸への文化が能登に入り、そこで伝えるところが途絶え、そのまま残った。能登に初めて来られた方は何か懐かしいと言う。「まれ」には珍しいという意味がある。能登にはよそから来る人を大切にする文化風習があります。少し宣伝になりますが、パティシエの辻口博啓氏は七尾市出身、実家の和菓子屋は倒産したが、能登を飛び出し世界のパティシエになった。数年前から私達も辻口氏とスィーツのビジネスを展開しています。お配りした「塩サブレ」は能登の塩と石川県産の米粉を使った焼菓子です。ドラマの中に私達が大切にしていることがあります。能登での厳しい生活の中、ケーキ職人を夢に、主人公は能登を飛び出すが、再び能登に戻ります。私達は能登の和倉温泉を良くしたいという気持ちがあり、大型旅館を囲い込み、自分達の利益追求だけでなく、お客様が気軽に散策できる街にしたいという思いがあります。 そこで世界のパティシエ辻口氏に声を掛けた。田舎でビジネスの金儲けをしたくないとの辻口氏ではあったが、何かをしたいという。子供達に夢が持てる手伝いをしたいとのこと、できればその夢を能登で適えたい。そこで和とスィーツの美術館を開館、能登の食材を使ってスィーツを造る。このことが農家の人達の活力になる。基本的にはすべて地元の食材を使う。兼六園の木をロープで吊るす「雪吊り」、これをモチーフにしたお菓子が生まれた。そして、その売上の一部を「夢基金」に寄付し、子供達をフランスのルーブル美術館に招待しようと考えた。ビジネスも大切だが、夢を実現することで人生がプラスになる。このことを子供達に伝えたい。新幹線開業に合わせ、バウムクーヘンも造った。能登のサツマイモを使ったお菓子も生まれた。美味しくない七尾のイチゴもお菓子の中に入れて味を調える工夫をした。朝の連ドラにもふるさとの良さを引き出す場面が隠されている。能登の塩も人気が出始めた。大切なことは、気安くお客様に来て頂けるだけでなく、来て頂いたお客様がそこにある価値を感じることである。結婚式は大きなビジネス、軽井沢に取られる懸念もあった。金沢の人が軽井沢で、軽井沢の人が金沢で、相互の切磋琢磨も生まれた。
時間が押してきましたが、残りを加賀屋についてのお話をさせて下さい。加賀屋は、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選35年連続総合1位」、「もてなし」「料理」「施設」「企画」の4部門からなる総合評価です。しかし、今年「料理」「企画」は3位、去年2位であった。つまり、全国の旅館は「料理」「企画」で私達よりも努力されたということになる。総合1位だとしても安泰ではなく、常に一期一会、お客様に向け、ご満足を頂けるサービスの提供に耳を傾け、継続してさらなる努力をしなければならない。ダイヤモンドQ5月号では、泊まって良かったホテル、行ってみたいホテルで1位の評価を頂いた。行ってみたいでは400票、2位が30票、印字ミスと思って確認したらその通りであった。考えてみると、これは恐ろしい結果です。これを見たお客様はどれだけ期待を膨らませて来られ、それに応えるサービス提供ができるのか、期待に応えられなければ即座にダメなレッテルが張られる。 加賀屋のサービスの原点は、約100年前に私の曽祖父が加賀屋を創業、「笑顔で気働き」「陰日向なく」「お客様第一主義の徹底」にある。笑顔でお客様との垣根を取り払って、全身でお客様の状況を感じ取り、お客様の望みを的確に読み、最善と思う方法で臨機応変に、お客様をおもてなしする。例えば、「お水を下さい」と言われたとする。暑い日には氷水をお持ちする。しかし、食事後に薬を飲む水ならば、お客様は氷無の水あるいはお湯を求めているかもしれない。これを察することができれば望ましい。「加賀屋のおもてなし」は祖父の時代の失敗にある。加賀屋が旅館として認められた頃、あるお客様が4つの旅館に分散して泊まることになった。この招待旅行の計画に加賀屋は4番目に指名された。昔は船で旅館に来られた。船着場でお客様をお待ちしていたところ到着しない。再び宿に戻り準備をした。遅くなり時間が過ぎて、気付くと、お客様が到着していた。急ぎ船着場に行くと、他の旅館はお荷物を受け取り、お客様を案内している。そこへ遅れて到着すると、幹事様から情けで旅館を指名したのに、遅れるとは何事かと叱られた。さらに、旅館の着くと、部屋のグレードも他の旅館に比べて劣る。お客様の評判も悪く、また俺の顔に泥を塗られたと、二重のお叱りを受けた。その夜はお食事の品数を増やし、何とか凌ぐことができた。その時、お客様の一人一人がご満足して帰られることがいかに大切かを知った。それ以後、加賀屋は一人一人のお客様のご満足を最も重視して、和倉温泉で最初に指名される旅館になると心に誓ったという。女将の挨拶回りはすべてのお客様への感謝とご満足を確認するために加賀屋で始まった。 もう一つ、昭和33年10月に昭和天皇が御泊りになった。その時、準備のために、約1ケ月間、旅館を閉めて対応したという。その後、加賀屋を天皇陛下の定宿にして頂いたようだ。「天皇の料理番」の原作者・杉森久英は石川県七尾市の出身、私の祖父ともご縁があり、天皇陛下をモーニングでお迎えし、そのままで風呂掃除をしたということも書かれている。このようなことから、お客様のご支持を得られたのが、加賀屋の歴史です。加賀屋は12室でスタートしましたが、現在は240室です。2年前の流行語大賞にもなった「おもてなし」は加賀屋の原点なのです。祖母はお客様に「できません」「ありません」「ノー」と言ってはならないという。どうするか、できることをする。どうするかを考えて工夫をする。昔、富山県の美味しいお酒がないかと言われた時、買い求めて提供したという話もあります。中には、オリオンビールがあるかというお客様がいました。オリオンビールはありませんが、泡盛はありますと言って対応した。その社員はフロントに連絡、フロントは近くの酒屋に電話、1ケースを見付け、お客様に提供した。その時、すでに食事は終わっていたが、お客様は、そこまでしてくれたということで、召し上がって下さったという。旅館が大きくなると、サービスが行き届かなくなる。できないこともあるが、大きな旅館でも、感性を磨き、一人一人へのサービスを常に心掛け、お客様との距離が近い旅館を目指しています。 もう少しお話しをさせて下さい。人財教育の話です。人財育成はトップ教育が基本、お客様から、立て続けにクレームを頂く人には、個別に、2時間3時間、ひざ詰めで話し合う。勘違いや思い違いを矯正し、抑止力になる。例えば、A子さん、頑張っている。そこで、お客様へのサービスだけでなく、人を育てることもやって欲しい。一生懸命にやる。やればきつくなる。お客様の眼の前で叱る。叱られた本人はA子さんと仕事をしたくないという。お客様も良い気分ではなく、リラックスできずに、満足度は低下する。ここで、じっくりと話し合って、考えるプロセスに気付いて貰う。調理アカデミーは調理師研修、客室係にお客様の評価をまとめさせる。お酒のツマミは塩辛くなる。お酒を飲まない方は味付けが塩辛いという。女性の方は大きなものは食べ難いという。プロの調理師は素人に言われる筋合いではないという。職場の雰囲気は悪くなる。評価を止めれば、料理に対するお客様の満足度がケアされない。そこで、調理師にはお客様の満足度の大切さ理解して貰っている。 石川県には、輪島塗や加賀友禅など、素晴らしい工芸品がある。館内に展示しているものもあれば、施設の一部に埋め込まれているのもある。館内の3階から12階まで、梅の間や桜の間など、季節ごとに、友禅を展示している。お客様にご覧になって頂くだけでなく、説明をするツアーも人気がある。最初は、支配人や副支配人が接客していた。ご希望の方が増え、経理の担当など、お客様と接しない人にも案内させるようにした。彼らは、お客様の到着後や午後3時過ぎになると、時間的余裕が生まれ、サービス業として、お客様と接する喜びを分かち合うようになり、接客をサポートするように変化した。アンケートは年間約2万通、1日平均55通、すべて目を通す。フロント、調理場、客室係、施設、清掃など、その責任者が必ずチェックし、その対応を確認する。良かれと思ってやったことが、お客様にご満足を頂けなかった事例もある。例えば、浴衣、5cmキザミで、その大きさを準備している。お客様が到着すると、自分の身長と比較し、ジャストサイズの浴衣をお届けする。こちらの自己満足かもしれない。男性の団体客、会合後に数十名が同時に風呂に入る。浴衣のサイズを一瞬に把握できない。お客様はサイズよりスピードを求め、それでもサービスへのこだわりを認めて貰いたい。そんなジレンマの声を聴きながら、接客サービスを心掛けています。試行錯誤、右往左往しながらの仕事です。特に、やってはならないこと、年間50件程度ですが、ピックアップして、繰り返さないように、社員に徹底させている。お客様のご不満の三大要因、一言多い少ない、感性や認識の違い、段取り優先である。段取り優先とは、宴会で火を付けて、温める料理がある。お酒を飲む人はゆっくりで、女性や飲まない方は早目が良く、お客様の様子を見て対応すべきである。お酒を急ぐ方の対応を優先すると、他の方へのサービスが疎かになる。つまり、段取りを優先すると、お客様がご満足されなくなることがある。カニ料理を見て欲しい。お膳を扱って手が汚れているので、手洗い後に行くと、お客様は無視されたとなる。一言声を掛けて対応すべきである。インターネットの普及でお客様も多様化しており、それにも応えなければならない。 人を育てるだけでなく、社員をサポートする仕組みも大切、料理を自動で運ぶ仕組み、2階の調理場から、12階まで、自動搬送システムを導入した。センサーで各階に運び、吊り上げて揺れない仕組みにした。料理の器は大きいので、客室係の負担を軽減した。お客様の前で笑顔になれるように、肉体労働は裏で機械化し、人にしかできない表のサービスの質が向上できる。もう一つ、30年になるが、働く環境作りに、企業内に母子寮と保育園を設置した。客室係は女性、子育てと仕事の両立に配慮し、安定して働け、社員の定着に務めた。 加賀屋のサービスの定義「サービスとはプロとして訓練された社員がお給料を頂いて、お客様のために正確にお役に立って、お客様から感激と満足感を引き出すこと」にある。これを全社員に徹底させて、価値観を共有し、自分の物差しとサービスの哲学を持って、部下への教育や仕事をする。お客様にはご満足の結果を必ず提供しなければならない。サービスの本質は「正確性とホスピタリティ」、これがなければ、良いサービスは提供できない。例えば、医療サービスもひとつのサービス、間違った処方は許されないのです。お客様は人生の節目で加賀屋をご利用されることが多い。一生に一回の大切な機会、お客様の人生の何かを受け取らせて頂いていることを認識して、大切に緊張感を持って、気持ちを込めて、対応しなければならないと考えています。加賀屋の良い点のみをお話ししましたが、皆様にもぜひ加賀屋にお泊り頂き、ここでの話と違うのではとの、ご指摘を頂ければと思います。以上で私の話を終わります。ご清聴を頂き、ありがとうございました。
(記録・文責:高橋豊)
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