調査委員会 委員紹介

 

 

氏  名

卒業年・学部

幹 事 会 経 歴

鈴木(すずき)  (ひとし)

昭和32年経済学部

現顧問、副会長、東京通信三田会長

有居(ありい)  (たかし)

昭和34年経済学部

現顧問、副会長

中尾(なかお)  瀰栄(ひろえ)

昭和37年経済学部

現顧問、副会長、広報編集部長

大久保(おおくぼ) 祐孝(すけたか)

昭和38年経済学部

現顧問、会結成発起人、副会長、会計幹事、会計監査

坂入(さかいり)  (ひろし)

昭和38年経済学部

現顧問、会結成発起人、副会長、組織部長、企画部長

宮木(みやぎ)  (いわお)

昭和41年文学部

現顧問、副会長、会計幹事、企画部長、会報編集部長、会員情報部長

福島(ふくしま) 千恵子(ちえこ)

昭和46年経済学部

現顧問、副会長、組織部長

山岡(やまおか)  恒夫(つねお)

昭和48年法学部

現副会長、会報編集部長

 

 

あ と が き

 

創立50周年を迎えて感じたことは、会活動の中心であった先輩方が他界されると、活動記録が共に消えてしまうという心配です。会報やその他の刊行物で大切な記録が残されていることが意外に少ないことです。それは会員自体が活動の記録を残すことの重要性を気づいていないか、活動に対して関心がなったかで、知らないうちに時間が経過してしまったようです。

会活動に献身的な人びとを見ると、みな慶應義塾が大好きで、通信教育で学んだことに大変誇りを感じている。少しでも慶應義塾に関係していたいという情熱から続けられたのでしょう。

たくさんのデータを整理してみて漠然とではありますが、これらの記録からその時代の雰囲気というか、1万人の塾員それぞれの違いが感じられてくるようです。塾員の活動はその前身の塾生時代の色合いを5年あるいは10年なのか、ある間隔年で後に反映しているのではないかと感じるのです。例えば、第2次大戦後通信教育が始まったころの塾生は乾いた大地が瞬く間に水を吸い込むように、目の前の障壁もしゃにむに超える力と意欲を持って進む、サバイバル型とも思えます。昭和30年代中ごろから40年代中ごろに塾生となった人びとは、将来の目標に大学卒業資格や社会的資格を得たいという希望をもって入学してきている。働きながらその資格を得ようとする若者が通学課程とは違った道を選んで挑戦している。この世代は大勢が集まって仲間を作って楽しく学ぶ方法も知っている。学園紛争以降の世代の塾生は高度成長時代に合わせるように、自分のために何を学ぶかを目標にしているようです。この後に出現する生涯教育時代の魁的存在と言えるのかも知れません。

塾員となってからの三田会活動に表われる傾向にも、こうした塾生時代の匂いが感じられるのです。通信三田会の活動目標も時代の大きな区切り目をつけるとすれば、そんな息吹が流れているように思います。記録を見つめるうちに多くの人びとの声が聞こえてくるような気がしました。

各委員の方が多忙の中に調査と執筆にご尽力いただきましたことを感謝いたします。また、アンケート調査にご協力いただいた塾員諸氏、資料のご提供をいただいた通信教育事務局および分室の方々など多くのご協力を得ましたことを心から感謝いたします。

 

平成15年3月15日    編集人 宮木 巌


 

 

 

 

 

 

平成15年3月15日発行  

日はめぐる丘の上(U)

通信三田会50年史

 

 

発行人 慶應義塾全国通信三田会

住 所  茨城県牛久市井ノ岡2117

             山岡 恒夫 方

     URL http://keio2mita.tripod.co.jp/history50/

編集人 宮木  巌

 

 


 

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